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2012年2月9日木曜日

距離というもの

ひろえです。

昔話で恐縮ですが、自分がロードバイクに乗るようになったのは、クロモリフレームにWレバー、トークリップだった時代…そう、まだそれがロードレーサーと呼ばれてた頃でした。

子供の頃から憧れていたロードレーサーが自分のものになった嬉しさがあったのでしょう、それを買ってからわずか1週間ほどして、東京都内から奥多摩への往復100kmちょっとの距離をひとりで出かけるなんて、ちょっとした冒険もしました。
その時は道なんてよく判りませんから、交通量が多い青梅街道を怖い思いをして走って、途中で雨に打たれて路面の塗装で滑って立ち転けして、濡れた路面から何かを拾ってパンクしてチューブラーのタイヤをベリベリ剥がして交換して…と、苦労はしたものの、青梅からの登りもなんということはなく、日原鍾乳洞まで登ってみたりもしましたが、その100km超の距離も含め、尿道が痺れた以外には体力面への不安もまったくありませんでした。

それからしばらくして、ロードレーサーは手放してしまい、田舎暮らしになったこともあって日常の足はすっかり自動車になってしまいました。そうです、家人の軽快車にすら滅多に乗らないような、自転車とは縁遠い生活をずっと送っていたのです。 

15年ほど経って、やっぱりロードバイクに乗りたいと思い立ち、ついに1台組んでもらうことにしました。
仕上がったのは、カーボンフレームにデュアルコントロールレバー、べダルはかつて憧れたLOOKのビンディングで、それは間違いなく今風のロードバイクでした。昔のクロモリ車に比べると半分ぐらいじゃないかってぐらい軽くて、これに乗れば鳥のようにどこまでも行けると思わされました。

ロードは初めてじゃないし、トークリップで苦労したんだからきっとビンディングでもなんとかなるだろうと、納車当日の朝、その足でショップから直接、阿蘇へ向かったのでした。 
…お、おかしい…軽く回るはずのクランクが、ち、ちっとも回わらない…こ、こんなはずはない!、もっと軽やかに、滑るように進むはずじゃないか?…ロードなら!
途中みっつある陸橋を死ぬ思いで登って…さいごのひとつを登り終えたら、あまりの疲弊に下った先の信号停止でビンディングを外そうとする気力すらなく、そのまま立ち転けしてしまった…
玉手箱を開けたら、白い煙が出てきて、一気におじいさんになってしまった…とさ… 
その時は、本当にそうとしか思えませんでした。
そのあと、なんとか西原村までは辿り着いたものの、登ろうと思っていた俵山など、とてもとても行きつけようはずもありませんでした。

この時の往復の距離が60kmほど…登り込みでも100km程度ならどうってことないだろうと思っていたのは、ロードバイクではなくロードレーサーに乗っていた頃のまだ若かった自分でした。きっと、加齢と運動不足で身体は少なからず…いやはっきり言って衰えていたのでしょう。そう悟って、その後しばらくは無理をしないでいようと思ったのでした。
そういったこともあって、100kmを越える距離を走れるようになるまで、そのあと3ヶ月ほどもかかりました。それでも、ロードを再開して半年経たずに、ツール・ド・国東の160kmは走りきりましたから…うん、なんとかなるものです。
今年になってからですが、200kmのロングライドも2回やりました。
しかし、それ以上の距離になると、日の長さの問題もあり、夜間走行をいとわない限り行うことはなかなか難しいだりうと感じています。

ブルベという競技で、300km、400km、600km…昼夜を問わず、不眠不休で走り続けるひとたちがいます。どうしてそんなことができるのか?それをやったことがない自分には大きな謎です。
200kmを走った時だって、自分が思ったようにはことが運ばなくて、少なくない苦労をしたのに、いったい…

その答えが判る日はくるのでしょうか?

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